b 徒 l 然 o 草 g

最近、寝しなに、徒然草を読んでいます。といっても、もちろん古典の素養などありませんので、現代語訳です。

徒然草(一)全訳注』 吉田兼好・三木紀人 講談社学術文庫428

の、現代語訳の部分を拾って読んでいます。

で、今日は、この記事に変なタイトルを付けましたが、これは、現代のblogと、徒然草が、「重なって見えてきた」という意味です。くだらなくてスミマセン。

この本から、何か人様に報告できるような感想が得られたら、また日を改めてこの日記に書こうと思います。あ、もちろん、言うまでもないですが、この感想が得られなかったとしたら、それは本がつまらなかったのではなく、私がそれを見いだせなかった、ということです。未熟だったわけですね。

本て、ちょうどCDが、CDプレーヤーがないと聴けないのと同じように、自分の中に「本プレーヤー」のようなものがないと、読めないもののように思います。それはもちろん、買ってくるわけにはいかず、自分で作らなければなりません。そして、この「本プレーヤー」は、自分の読書経験と人生経験によって徐々にバージョンアップして、ハイスペックなものになっていく(というか、していく必要がある)ような気がします。だから、だんだん難しい本が読めるようになっていくのですね。

とか、偉そうなことを言っておきながら、今の私の本プレーヤーに「古語」をインストールするのは、ちょっとディスク容量(?)的に厳しいので、徒然草は現代語訳を読んでいるんですけど。